寺院

2016年3月26日 (土)

永平寺

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えいへいじ。福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院。

總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)。

山号は吉祥山、寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)である。

開山は道元。本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏である。

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宗祖道元について

曹洞宗の宗祖道元は正治2年(1200年)に生まれた。

父は村上源氏の流れをくむ名門久我家の久我通親であるとするのが通説だが、これには異説もある。

幼時に父母を亡くした道元は仏教への志が深く、14歳で当時の仏教の最高学府である比叡山延暦寺に上り、仏門に入った。道元は「天台の教えでは、人は皆生まれながらにして、本来悟っている(本覚思想)はずなのに、なぜ厳しい修行をしなければ悟りが得られないのか」という強い疑問を抱いていた。

道元は日本臨済宗の宗祖である建仁寺の栄西に教えを請いたいと思ったが、栄西は道元が出家した2年後に、既に世を去っていた。比叡山を下りた道元は、建保5年(1217年)建仁寺に入り、栄西の直弟子である明全に師事した。

しかし、ここでも道元の疑問に対する答えは得られなかった。真の仏法を学ぶには中国(宋)で学ぶしかないと道元は考えた。師の明全も同じ考えであり、彼ら2人は師弟ともども貞応2年(1223年)に渡宋した。

道元は天童山景徳寺の如浄に入門し、修行した。如浄の禅風はひたすら坐禅に打ち込む「只管打坐(しかんたざ)」を強調したものであり、道元の思想もその影響を受けている。道元は如浄の法を嗣ぐことを許され、4年あまりの滞在を終えて帰国した(一緒に渡宋した明全は渡航2年後に現地で病に倒れ、亡くなった)。

日本へ戻った道元は初め建仁寺に住し、のちには深草(京都市伏見区)に興聖寺を建立して説法と著述に励んだが、旧仏教勢力の比叡山からの激しい迫害に遭う。

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道元は旧仏教側の迫害を避け新たな道場を築くため、信徒の1人であった越前国(福井県)の土豪・波多野義重の請いにより、寛元元年(1243年)興聖寺を去って、義重の領地のある越前国志比庄に向かった。

当初、義重は道元を吉峰寺へ招いた。この寺は白山信仰に関連する天台寺院で、現在の永平寺より奥まった雪深い山中にあった。道元はここでひと冬を過ごすが、翌寛元2年(1244年)には吉峰寺よりも里に近い土地に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立する。

これが永平寺の開創であり、寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改めている。寺号の由来は中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、「永久の和平」を意味する。

道元以降の永平寺

その後の永平寺は、2世孤雲懐奘、3世徹通義介のもとで整備が進められた。義介が三代相論で下山し4世義演の晋住後は外護者波多野氏の援助も弱まり寺勢は急激に衰えた。一時は廃寺同然まで衰微したが、5世義雲が再興し現在にいたる基礎を固めた。

暦応3年(1340年)には兵火で伽藍が焼失、応仁の乱の最中の文明5年(1473年)でも焼失した。その後も火災に見舞われ、現存の諸堂は全て近世以降のものである。

応安5年(1372年)、後円融天皇より「日本曹洞第一道場」の勅額・綸旨を受ける。 天文8年(1539年)、後奈良天皇より「日本曹洞第一出世道場」の綸旨を受ける。 天正19年(1591年)、後陽成天皇より「日本曹洞の本寺並びに出世道場」の綸旨を受ける。 元和元年(1615年)、徳川幕府より法度が出され總持寺と並び大本山となった。

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2013年9月22日 (日)

深川不動堂

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ふかがわふどうどう

成田山東京別院。

新しくなったようだ。朝のご祈祷が行われていた。

拝みに行くと、大きなお不動様がこちらを睨んでいた。

ごめんなさい。

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2013年9月 8日 (日)

出雲國神仏霊場

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出雲國神仏霊場を巡る旅。

出雲國(いまの島根県)の20ヵ所の神社と寺を訪れた。正確には伯耆國(いまの鳥取県西部)の西の端も含まれている。

[第一番]   出雲大社          譲
[第二番]   鰐淵寺            瀧
[第三番]   一畑寺            医
[第四番]   佐太神社          導
[第五番]   月照寺            昧
[第六番]   賣布神社          浄
[第七番]   華蔵寺            薬
[第八番]   美保神社          知
[第九番]   大神山神社(奥宮)    神
[第十番]   大山寺            智
[第十一番] 清水寺            慈
[第十二番] 雲樹寺            禅
[第十三番] 平濱八幡宮・武内神社  命
[第十四番] 八重垣神社         結
[第十五番] 熊野大社          火
[第十六番] 須我神社          授
[第十七番] 峯寺             阿
[第十八番] 須佐神社          素
[第十九番] 長浜神社          網
[第二十番] 日御碕神社         守

 

最初のお参り先である熊野大社で購入した専用の巡拝帳は、右のページに名称、由緒、文字とその意味の説明。左のページは袋綴じになっていて、授与されたご朱印の紙を入れられるようになっている。

出雲國神仏霊場巡りの企画のユニークな点は通常のご朱印ではなく、霊場巡り向けに用意された各寺社の由緒を示す漢字一文字を記したご朱印をいただくことだ。

これは後に装丁するときにビジュアル的な意味を持ってくる。20種類の字が一覧できるように配置されるからだ。

さらにこの20の文字を並べたときに漢詩のように意味を為すといいんだけどな。

紐に通した木製の珠は「護縁珠」と呼ばれるもので、お参りするとご朱印とともに授与される。

 

これまでにかかったお金は、ご朱印・護縁珠が1ヵ所につき500円なので、計1万円。通常のご朱印は300円で授与する寺社が多い。護縁珠が付いているので適価だと思う。いや、適価とかそういうことではないんだけど。

巡拝帳、護縁珠結びの組紐が各1500円。これは当初より値上げしたようだ。公式ガイドブックが200円。そのほかに入館料があるお寺が数箇所ある。

参拝時のお賽銭は100円ずつ入れていて、拝殿、堂が複数あるところもあるので全部で数千円。由緒書きも有料の場合は分けてもらう。これは100~500円とさまざま。

20ヵ所すべての寺社をお参りすると、希望により「満願之証」が交付され、満願の勾玉(まがたま)が授与される。3000円。

ここまでで合計2万円くらいか。

また、ご朱印を装丁するサービスもある。6万円で掛け軸や額にしてもらえる。ご朱印も20枚揃うと見ごたえがあるが、飾る場所がないので保留にしておこう。

自分はほかの神社へのお参りもあり、石川から2往復したが、車で移動すれば2日で巡ることもできそうだ。いくつかの神社はこの企画によって存在を知り、お参りすることになった。

元々神社への巡拝をしていて、お寺には取り留めて関心がなかったのだけど、日本では仏教伝来から明治時代まで、元々神仏習合の歴史が千年くらいあるわけだから分かちがたいものがある。日本の祈りの文化なのだろうな。山や石段を登るのはきついけど、その場に身を置く体験にはなかなかいいものがある。

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清水寺

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きよみずでら。

安来の清水寺とも云う。

587年(用明2年)、尊隆上人によって開かれた。

瑞光山の山号は、山から出た一条の光の縁に観音様が現れ、巡りあえたという謂れによるという。

十一面観世音菩薩。

常に聖なる水が湧き出るので、清水寺。

たしかに参道の石段の脇では、水が迸るように流れていた。雨のせいかもしれないが。

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三重塔。

安来ICを下りて、雲樹寺・清水寺方面に向かっていると、この塔の先が見えていたので、あの辺りと見当がついた。

山といっても、それほどきつい石段はなかった。

 

出雲國神仏霊場 第十一番。

霊場巡拝の最後となった。本当は番号どおりお参りしたほうがよいようだが、他の訪問先との兼ね合いでそうはならなかった。

これで護縁珠の20個すべてが揃い、記念に満願之証をいただいた。

別の機会に出雲大社でいただこうとも思ったけど、これも何かの縁なので、こちらでお願いした。遠いからそうそう来られないし。

14時半。朝、出雲大社へのお参りが遅くなったので、次の行き先である須佐神社に着いたときは1時間半遅れだったが、最後は30分遅れまで縮められた。これで何とか鳥取に向かえそうだ。

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雲樹寺

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うんじゅじ。

正式には、天長雲樹興聖禅寺(てんちょううんじゅこうしょうぜんじ)と云い、後醍醐天皇から賜った寺号である。

南無ねん(手偏に占)華微笑佛。

上の写真は四脚門。

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出雲國神仏霊場 第十二番。

安来市の平地にある。以前来た足立美術館から近い。清水寺とは2kmくらいしか離れていない。

昼下がりの時間帯で、誰もいなかった。

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峯寺

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みねじ。

658年(斉明4年)に役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)によって開かれ、後に弘法大師が密教の道場を開いた。

かつては42坊を擁し、出雲大峯と称されていた。

大日如来。いただいた字は「阿」である。

出雲國神仏霊場 第十七番。

『真言宗 佛前勤行次第』という冊子を分けていただいた。500円。

いろいろな唱えことばが書いてある。

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ここも山の上にあった。修験道の修行場所だからな。

車のボディを擦りそうな細い道を登ってきた。

駐車場も4、5台停めたらいっぱいになるくらいの広さしかない。

 

三刀屋の町が見えた。  

ここに来る途中、今年のGWに予定を延ばし偶然泊まったホテルの前を通り過ぎた。あの頃はもう二度と来ることはないと思っていたのに、不思議なことである。

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2013年9月 7日 (土)

鰐淵寺

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がくえんじ。

出雲國神仏霊場 第二番。

智春上人が推古天皇の眼病を治すために浮浪の滝で祈ったところ治ったので、天皇が勅願寺として建立したのが始まり。智春上人が滝壺に落とした仏器を鰐が返したので、この名前になったという。

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ここには神仏分離を逃れた摩陀羅神社があり、天台宗の秘神・摩陀羅神を祀ってある。

脇に稲荷社もある。

 

ここは今回一番の難所であった。というのは、駐車場から入り口まで車の乗り入れ禁止の区間が長く、谷川の音を聴きながら、雨のなかを延々歩かなければならなかったからだ。もうずぶ濡れである。

帰り際、受付の女性に次のお参り先を訊ねられ、山の細い道は通らないようにアドバイスしていただいた。雨続きで危ないそうだ。親切だな。

車に戻ってきたときには疲労困憊、服は乾かず、熱が出てきた。

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一畑寺

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いちばたじ。

一畑薬師。薬師瑠璃光如来。目のお薬師様。子供の無事成長。

出雲國神仏霊場 第三番。

一畑山(300m)の山頂にあり、参道の石段は1300以上あるらしいが、車で上がってきたので最後の140段余りを登った。

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一畑山の麓にある赤浦の海中から与一という猟師が薬師如来を引き上げたのを、本尊にしたのが始まりだという。

ここにも例のゲゲゲの鬼太郎の銅像があった。

ちなみにここの獅子も子持ちである。ご利益と関係あるのかな。

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月照寺

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げっしょうじ。

松江の市街地にある。出雲國神仏霊場 第五番。

元々洞雲寺という禅寺であったが、松江藩初代藩主松平直政公(徳川家康の孫)が生母月照院の霊牌を安置するため、浄土宗の長誉上人を開基として、蒙光山(むこうざん)月照寺として改称復興したという。

初代から九代までの藩主の霊廟がある、写真は著名な七代不昧公の廟である。

寺だけど、廟には鳥居があるのだな。

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大亀の寿蔵碑。

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江戸時代の力士・雷電の碑。

 

ここでも雨でたくさん濡れたので、このあと、とうとうコンビニで傘を買った。

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華蔵寺

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けぞうじ。

釈迦牟尼如来、薬師瑠璃光如来。

出雲國神仏霊場 第七番。

枕木山の上のほうにあり、車でかなり登った後、雨のなか参道の石段を登っていった。

傘がないので、すぐに濡れてくる。息が切れる。

なかなか着かず、人気のない山道で不安になる。こんな日は誰も来ない。

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途中、不動明王の大きな石仏があり、ぎょっとする。

写真では伝わりにくいが、森のなかに降る雨の水煙で何とも形容しがたい雰囲気を醸し出していた。

いまにも動き出しそうな感じである。

  

早足で登り、本堂に着いたら、昼になっており、誰もおられなかった。声をかけても出てこない。

おまけに車でも上がってこられるようになっていた。でも、車で来たら、石仏を見なかっただろうから、いいや。運動にもなったし。

うろうろしていると、受付窓の前に缶が置いてあることに気がつく。蓋を開けるとご朱印と護縁珠が入っていた。自分で参詣の日付を入れられるように筆ペンも入っている。

どうやら勝手に持っていけということらしい。誰か来たのか、500円玉が1枚入っていた。

自分も定額の500円を入れて、ご朱印、護縁珠をいただき、筆ペンで日付を入れる。何だかなあ。

でも、雨でびしょぬれなので、たまらず、また参道をすたこらと駆け下りる。

帰りの石仏はもう怖くなかった。

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