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2016年12月25日 (日)

杉山神社(横浜市緑区)

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すぎやまじんじゃ 公式サイト(なし)

横浜市緑区西八朔町にある。JR横浜線の十日市場駅より徒歩約13分、中山駅北口よりバスで約6分。

式内社論社。武蔵国六宮。

横浜市内で唯一の式内社である「杉山神社」の論社の一つ。

武蔵国六宮として大國魂神社のくらやみ祭に参列しており、武州六大明神の一つとされている。

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ご祭神は、主祭神に五十猛命を祀り、 大日霊貴命・素戔嗚尊・太田命を配祀している。

南北朝時代中期に成立した『神道集』第三巻に「武蔵六所大明神事」があり、当時は椙山大明神(すぎやまだいみょうじん)と称して、本地仏を大聖不動明王としていた。

文化・文政期に編まれた『新編武蔵風土記稿』は、江戸時代には神体が不動明王の立像であったという。

『続日本後紀』には「枌山神社」(すぎやまじんじゃ)とあり、延喜式神名帳には「武蔵国都筑郡唯一の官社」として杉上神社の名が記載されている(ただし論社は複数存在する)。

また、大國魂神社の六所明神の一所として祀られている。

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創建時期は不明である。

当社に残る棟札や別当寺である極楽寺(現在も隣地に所在)の墓碑年号より当社は延宝年間(1673 - 1681)に現地へ遷座したものと考えられており、これ以前には西北方300mの山麓に鎮座していた。

『武蔵風土記』によると、慶安2年(1649)8月に徳川幕府より朱印状と朱印領5石6斗が与えられた。

この他、当社は江戸時代に「六ノ宮」とも称されていた。

明治6年(1873)12月に郷社に列格し、明治43年(1910)には付近の無格社、神明社など4社を合祀した。

大正9年(1920)9月、神奈川県告示第三六二号により神饌幣帛料供進神社に指定された。

昭和28年(1953)8月には神奈川県指令第三九九〇号により、「宗教法人杉山神社」として認証された。

現在の社殿は昭和57年(1982)11月に改築されたものである。

 

当社が『続日本後紀』あるいは延喜式神名帳(式内社)の論社であると説いたのは、幕末に大國魂神社の宮司であった猿渡盛章であり、栗田寛『神祇志料』や『大日本史神祇志』などでも有力とされている。

しかし、杉山神社(または杉山社、椙山神社)という名称の神社は都筑郡(横浜市北部)と周辺に数十社あり、いずれが正しいかは不明である。『新編武蔵風土記稿』(1810 - 1830)によると、杉山神社は関東地方四郡に七十数社在ったという。それらの多くは、日本武尊か五十猛命のいずれかまたは両方を祭神としている。

有力な論社としては当社の他に港北区新吉田町、都筑区茅ケ崎中央、都筑区中川六丁目などの社も挙げられている。当社も他の多くの論社と同様、鶴見川水系(恩田川)沿いの高台に鎮座している。

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新しい社号標の前の道路を越えて進むと、古い社号標があった。鳥居はなかったが、参道はこの辺りからなのだろう。

境内社

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稲荷神社

社殿右側にある。

社殿の左側にある小祠は確認しなかった。

※以上、文章はWikipedia、リーフレット、境内案内板を抜粋・加筆・編集

当社への参拝で、大國魂神社(東京都府中市)に祀られている武州六大明神のすべてにお参りできた。

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