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2016年11月

2016年11月14日 (月)

金澤神社

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かなざわじんじゃ。石川県金沢市兼六町にある。

ご祭神は、菅原道真公、白蛇竜神(金運・災難除の神)、白阿紫稲荷大明神(商売繁盛の神)、琴平大神(交通安全)、前田斉広(なりなが)公(12代藩主)、前田斉泰(なりやす)公(13代藩主)。

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創建は寛政6年(1794)。加賀藩11代藩主である前田治脩(はるなが)は、兼六園の現在の梅林の地に藩校明倫堂を建て、その鎮守社として金城霊澤のほとりに、菅原道真公の御舎利を奉斉する神社を創建した。

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詳細は一度書いているので、写真を中心に掲載する。

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拝殿。

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白阿紫稲荷大明神。境内左側にある。

第13代藩主 前田斉泰公が領内の繁栄を祈願し奉斎した。春秋の例祭には一般婦女子の参拝が許された。

明治維新後の一時期東京の前田邸に移されたが崇敬する旧藩士などの懇請により、再びこの地に祀られることになった。

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富山縣護國神社

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とやまけんごこくじんじゃ。富山県富山市にある。

旧内務大臣指定護国神社。現在は神社庁の別表神社。

ご祭神は、富山県出身の明治維新から大東亜戦争(太平洋戦争)までの戰歿英霊28,679柱である。

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明治45年(大正元年・1912)3月に富山縣招魂社として設立が認められ、富山県知事が建設委員長となって翌大正2年(1913)8月に竣工、10月に鎮座が行われた。

昭和14年(1939)、富山縣護國神社に改称した。

昭和20年(1945)の富山大空襲によって、手水舎などごく一部の建物を除いて社殿を焼失した。

社殿は昭和29年(1954)に再建された。現在の大拝殿は平成3年(1991)に創建80周年を記念して竣工した。

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本殿の右側に伊佐雄志神社がある。

富山大空襲による戰災殉難者、治安の維持と公共の災害防護その他安定のために殉職した自衛官、警察官、消防團員、消防署員、郵便局員及び地方功労者を祭神として祀る。

戦災により社殿が焼失したが、昭和50年(1975)に富山縣護國神社終戦30周年記念事業として造営、8月1日に竣工した。

平成22年(2010)9月に現在の伊佐雄志神社に改称した。

遺芳館には戰歿英靈の遺書等を展示している。

※以上、文章はWikipediaを抜粋・加筆・編集

 

御朱印をいただくときに、ご神職が神社について説明してくださり、御朱印帳に富山県出身の高田豊志氏の遺詠を書いてくださった。

 夢にだに 忘れぬ母の涙をば いだきて三途の橋を渡らむ

富山縣護國神社のホームページには、創建90周年記念でまとめた「遺芳録」が掲載されており、高田豊志氏は高田豊志命として最初に紹介されている。

記事によると、陸運少年飛行兵第十三期生で、昭和二十年五月十三日に沖縄本島西海岸沖にて特攻戦死した。数え年で二十一歳であった。遺品の大学ノートに歌や文章が残されていた。

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