« 岐阜護國神社 | トップページ | 富山縣護國神社 »

2016年9月14日 (水)

新小岩厄除香取神社(江戸川区)

160722_1636

かとりじんじゃ。東京都江戸川区中央にある。

現在、新小岩厄除香取神社(間々井香取神社)と称している。間々井宮とも称したようだ。

徳川吉宗、太田道灌が来訪した言い伝えがある(後述)。

160722_1644

ご祭神は、經津主命(ふつぬしのみこと)を祀る。

經津主命は、『日本書紀』(720)の一書では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が軻遇突智(かぐつち)を斬った際、剣から滴る血が固まって天安河原(あまやすのかわら)にある五百箇磐石(いおついわむら)となった。經津主命はその御子神であるとしている。

また別の一書に、軻遇突智の血が岩群を染め磐裂神(いわさく)・根裂神(ねさく)が生まれ、その御子の磐筒男神(いわつつのお)・磐筒女神(いわつつのめ)が經津主命を生んだとしている。

その後『日本書紀』本文では、天孫降臨に先立つ葦原中国平定において武甕槌命(たけみかづちのみこと:鹿島神宮のご祭神)とともに出雲へ派遣され、大国主命と国譲りの交渉を行なったとある。

なお、『古事記』には經津主命は登場しない。

160722_1645

拝殿

創建は不詳。元和三年(1617)に再建されたとある。

社名とご祭神から、香取神宮か他の香取神社から勧請して、再建したものと思われる。

当時、当地にあった16軒の農家(小松川十六軒農家)が当社を創立したと云われている。

現在の本殿は、約190年前の文政五年(1823)、五分一に住む宮大工八郎次(はちろうじ)が用材を仕入れ、10年の歳月を経て、天保三年に完成した。

160914_1157

社額は「間々井宮」。

神社の東を流れる小松川(現 親水公園)は下総国の国府台真間(こうのだいまま)と武蔵国の江戸城を結ぶ重要な水路であった。

長禄の頃、太田道灌持資(おおたどうかんもちすけ)が国府台控城に往来のとき、この神社に船を泊め、霊水を汲み、船路の安全を祈願したという伝説がある。

 

境内参道右側に境内摂末社が並ぶ。

160722_1639

水神社

境内参道右側、鏝塚の左隣にある。案内板には以下のとおり記載されている。

水神社の由来

水神社は『ミヅハノメノミコト』をお祀りし、昔より現在の松島三丁目二十六番に永くお祀りされて居りました。

土地の整理の為、昭和三十五年に当神社境内に移転となりました。六月十五日は、昔より祭日に定められて居りまして、農業の水利と船の安全を祈る祭として盛大に祭が行われて居りました。

平成元年より、上一之江大雷神と共に合同祭が執り行われます。

160722_1640

稲荷神社

境内参道右側、水神社の左隣にある。案内板には以下のとおり記載されている。

稲荷神社の由来

稲荷神社は『トヨウケヒメノミコト』をお祀り致し、当社は俗に『アリマイナリ』と申されて居ります。昔は今の松島三丁目二十七番にお祀りされて居りましたが、土地整理の為、境内に移転となりました。

例年初午を例祭と致し、稲荷講の行事がありまして、各村々の子供達が参加して一夜を楽しみました。

現在、祭典は三月一日道祖神と共に行われます。産業発展の神として日本全国各地にもお祀りされて居ります。

160722_1641

道祖神

境内参道右側、稲荷神社と倉庫を挟んで左隣にある。案内板には以下のとおり記載されている。

道祖神の由来

当神社の道祖神は、『猿田彦の命』をお祀りしてあります。この村が創立した頃より、昭和三十五年迄現在の松島二丁目十番の地に鎮座されて居りましたが、土地整理の為当社の境内に移転になりました。

通行人の道を守ることと、村に悪霊の侵入を防ぐ為に祀られましたが、後に人体の筋を守ることも、この神様が司り、目、耳、足、腰の筋をお守りして居ります。

草履や食器の中に穴を空け、道祖神に奉納してその恢復をお祈り致します。体の悪い部分をよく撫でて参拝して下さい。

又、お正月の『どんど焼き』は『どうそじん焼き』からの行事です。その他、道ヶ島の旧地名等も『道祖が島』から転じた地名とも思われます。

160722_1642

鷲神社(おおとりじんじゃ)

境内参道右側、道祖神の左隣にある。案内板には以下のとおり記載されている。

鷲神社の由来

大鳥神社とも称し、祭神は『ヤマトタケルノミコト』です。例年十一月酉日に『新小岩のおとり様』と多くの信者に親しまれて盛大なお祭が行われます。

境内では、福熊手(かっこめ)の授与があり、参拝者の家々の隆盛、商売繁昌をお守り致します。

酉祭の末日には、伝統の蟇目(ひきめ)の舞神楽が奉納され福御縁の授与が行われます。

※蟇はガマガエルのこと。蟇目の舞神楽は蟇を悪霊にみたて、蟇の目を弓矢で射る様子を舞で表現し、奉納する。

 

160722_1637

大雷神の碑

境内に入り、すぐ右にある。案内板の平成元年(1989)6月15日付けの記載内容をまとめると以下のとおりである。

東一之江村の福島家に江戸時代より祀られてきた大雷神は俗に「一之江の一つかみなり」と称賛され、往古より当地の農業文化に深い貢献を施し深く信仰を重ね、その使命を果たしてきた。

田植えの季節には、北は日光より降りてくる雷、西は秩父の山々より降りてくる雷、南は太平洋の雷、東は筑波より降りてくる雷、これらの雷たちが一天に集まり風雨を伴い、ごろごろと威力を争い合い鳴り渡る。

子供達の教訓として「おへそを隠せ」の言葉の掛かる頃、この時が大雷神の出番で、耳をつんざく音とともに他の雷を征服してしまう。これが地域の人々の言う「一之江の一つかみなり」である。

6月15日間近になると、この雷が出現、農民達は田植作業を終わらせて、この雷様のお祭りに参加する。農家の手休みの一日として楽しみな日であり、「オシャラク」の舞や出店が出て賑やかになる。講社の人々、近在の人々の参拝も数多く、あとを断たなかった。

昭和63年(1988)、この大雷神の世話人不在のため、香取神社と上一之江氏子総代一同の協議の結果、当社境内に遷碑することになった。児童の教育と大雷神、間々井神社(当社のこと)の信仰を深めるため、例年6月15日に水神祭に併せて例祭を復興することになった。

160722_1638

鏝塚

大雷神の碑の奥にある。

鏝(こて)は左官が使う道具である。案内板「鏝塚のいわれ」の内容は以下のとおりである(読みやすいように適宜句読点等を入れ、編集した)。

左官の使用する鉋は人間が住居を築いて生活を営むようになってから、体験により外的防御または保温のために壁天井と塗るようになり、はじめは木製の鏝を使用しました。世の進歩と時代の要求に従い、地金鏝、双金鏝、ステンレス鏝が出来て、今日では千余種類用途によって多種多様の鏝が使用されています。

鏝は左官の生命であり、一千余年の永きにわたり左官と共に歩んで、古代より現代に至る建築並びに左官工事に大いなる貢献をして参りました。伝統ある鏝技能を伝承した江戸川区左官同業者の発起により、東京都左官連合會々員一同が「鏝」の労を犒い感謝の意を表するために、ここに鏝塚を建立した次第であります。

昭和四十三年十一月三日

160914_1158

拝殿左に設置されている像

左:弓取の儀の像

案内板には以下のとおり記載されている。

弓取の儀について

弓は密教の法具として魔や敵を打ち払う力の象徴として用いられている。

当地が未だ利根川の本流だったころ、下総 国府台 間々の入江よりはるか西南の沖に浮かぶ道ヶ島の伝説が神楽になって伝えられて来ました。

この島は下総国と武蔵国を結ぶ船路の中継所で大変重要な位置にありました。。丙午毎に来る災難に島民は怯え鎮守の杜に集まり悪魔を払う弓取の神事に一年の安泰を祈りました。

(以下、略)

右:宮司 亀井悦造氏之像

160722_1643

小松菜産土神の碑

手水舎の隣にある。案内板の記載内容は以下のとおり(適宜編集)。

享保四年(1719)八代将軍吉宗が鷹狩りの食事をする時、その場所として当神社が選ばれ、当時の神主・亀井和泉守永範がその役を受けた。しかし、これといって差し上げるものがなく、餅のすまし汁に青菜を少々彩りとしてあしらって差し出すと、吉宗は大変喜び、その葉をこの地にちなんで「小松菜」と命名されたと伝えられている。

小松菜については、文化元年(1804)の『成形図説』に「小松川地方で産する菜は、茎円くしてすこし青く味旨し」、文政11年(1828)の『新編武蔵風土記稿』に「ナ(草冠に松) 東葛西領小松川辺の産を佳品とす。世に小松ナと称せり」と記されている。

当社の祭事には必ず小松菜を供えて氏子永代の反映を祈願している。

※以上、文章は公式サイトの記述を抜粋・加筆・編集

このほかに、拝殿・本殿の後ろに神苑があり神鹿が二頭いるようだが、今回は拝見しなかった。

 

7月下旬、9月中旬と二度参拝した。江戸川区役所の近くにも香取神社があり、最初はそちらに行ったが、よくよく地図を確認したら間違えていた。

都会にあるので社地は広くないが、地元民の崇敬を集めていることが感じられる神社であった。大雷神の碑や鏝塚、小松菜命名の由来などは興味深かった。

|

« 岐阜護國神社 | トップページ | 富山縣護國神社 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/37949/64222860

この記事へのトラックバック一覧です: 新小岩厄除香取神社(江戸川区):

« 岐阜護國神社 | トップページ | 富山縣護國神社 »