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2016年6月 9日 (木)

深志神社

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ふかしじんじゃ。長野県松本市深志にある。

旧県社。現在は神社本庁の別表神社。

通称「天神様」。

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ご祭神は、建御名方富命(たけのみなかたとみのみこと:お諏訪さま)と菅原道真公(天神さま)を主祭神とする。

本殿は二殿となっている。

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創建は、社伝によれば、暦応2年(1339)9月9日に、諏訪明神の霊夢をたびたび見ていた信濃守護・小笠原貞宗が戦勝に感謝して、居館した信州府中の井川の丑寅(北東)に当たる捧庄(ささげのしょう)であった庄内の地に社殿を造営し、諏訪明神(建御名方命)を祀って創建したことに始まる。この社は宮村宮(宮村大明神)と称していた。

一方、天満宮については、小笠原長基が応永9年(1402)に、井川館近くの鎌田の地に北野天満宮(天神)を勧請した。

永正元年(1504)、小笠原氏の家臣が深志城(松本城)を築城すると、当社を城の鎮守・産土神として崇敬し、社殿を西面に改めた。

天文2年(1533)、小笠原長時は武田信玄に敗れ、信濃が武田氏の支配下に入ると当社は荒廃した。

天正10年(1582)、小笠原氏が信濃に復帰して社殿を修造し、慶長19年(1614)8月に、小笠原秀政が鎌田郷に勧請され創建されていた天満宮(鎌田天神)の分霊を、宮村宮の北の新宮に奉遷した。

その後、宮村両社・宮村大明神・宮村神社・宮村天満宮・深志天神などと称された。

本来は宮村宮の建御名方命が主祭神であったが、天満宮の方が有名となり、深志天神・天神様と呼ばれるようになった。

江戸時代も歴代領主の崇敬を受け、松本城下の南半分の商人町の総氏神ともなった。

天保12年(1841)、吉田家の許可を受けて宮村宮から現社名の深志神社に改称した。

昭和3年に県社に列格した。

当社の氏子地域は現在48ヵ町に上る。

※以上、文章はWikipedia、公式ホームページ、由緒書きを抜粋・編集

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神楽殿

拝殿正面にある。

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本町一丁目 恵比須殿

境内左側にある。寛保2年(1742)に境内に祀られた。

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伊勢町一丁目 三峰神社

境内左側にある。

寛永2年(1625)に埼玉県の三峰神社本社より勧請した。

古くは伊勢町内で祀られていたが、現在は伊勢町一丁目の守護神として境内に祀られる。

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これも三峰神社。境内左側にある。案内札が立ってなかったので、詳細は不明。

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愛染神社

境内右手奥にある。草野姫命(かやのひめのみこと)を祀っている。

古くは愛染明王、染殿社と呼ばれていた。愛染講により染物業の守護神として崇敬を受けている。

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殿内左から、金山神社・松尾神社・三十四末社

愛染神社の左側にある。

金山神社は、松本金山会により鐵工・金属業の守護神として崇敬されている。

松尾神社は、天保8年(1837)勧請と伝えられ、酒造りの守護神として崇敬されている。

三十四末社は、明治以降、境内にあった末社がまとめられて祀られた。

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本町二丁目 市神社

金山神社の左側にある。商都松本の萬商守護神とされ。「敵に塩を送る」の故事に由来した正月の伝統行事あめ市の神様が祀られている。

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