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2016年5月14日 (土)

於岩稲荷田宮神社(新宿区)

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おいわいなりたみやじんじゃ。東京都新宿区左門町にある。

旧無格社。 

鶴屋南北の『四谷怪談』の登場人物のモデルとなったお岩さんを祀る神社である。

元々は四谷左門町の田宮家の屋敷社(やしきがみ)であった。

 

江戸時代の初め、徳川家の御家人・田宮又左衛門の娘で田宮岩は夫の伊右衛門と仲の良い夫婦であった。お岩は三〇俵三人扶持、年の棒給は十六石足らずの家計を支えるため、商家に奉公に出た結果、夫婦の蓄えも増え、田宮家はかつての隆盛を取り戻した。

寛永13年(1636)、田宮岩 没。

お岩が日頃から田宮家の庭にある屋敷社を信仰していたため、その信仰のおかげで田宮家は復活したと評判になり、近隣の人々はその幸運にあやかろうと、屋敷社を「お岩稲荷」と呼んで信仰するようになった。

評判が高くなるにつれ、田宮家では屋敷社の傍らに小さな祠をつくり「お岩稲荷」と名付けて信仰するようになった。

享保2年(1717)、「お岩稲荷」勧請、「於岩稲荷社」となる。

「大巌稲荷」、「四谷稲荷」、「左門町稲荷」などとも呼ばれていた。

文政8年(1825)、ご祭神「於岩さま」が主人公のモデルとなった東海道四谷怪談(四世鶴屋南北作)が上演され、大人気となった。

お岩役に三代目尾上菊五郎、伊右衛門役に七代目市川団十郎。以来、お岩役は尾上家のお家芸となった。

文政10年(1827)、『文政町方書上』に「於岩稲荷社来由」が付される。

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明治3年(1870)頃、「於岩稲荷田宮神社」に改称。

明治12年(1879)、四谷左門町の火事で社殿が焼失。隅田川の畔にあった田宮家の敷地内に移転した。これが現在の中央区新川ににあるもう一つの於岩稲荷神社の起源である。

昭和6年(1931)、四谷左門町の「於岩稲荷田宮神社」地が東京都史跡として指定される。

昭和20年(1945)、新川の社殿が戦災で焼失。

戦後、四谷、新川ともども再建して、現在に至る。

※以上、文章は当社由緒書きから抜粋・編集

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拝殿の縁にお札が置いてあり、参拝者が好きな言葉のものを取っていけるようになっている。

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住宅街にあり、斜向いの寺院も於岩稲荷の幟を立てていた。

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