« 伊須流岐比古神社 | トップページ | 唐津神社 »

2016年4月14日 (木)

田島神社

160414_1027

たじまじんじゃ。佐賀県唐津市の加部島にある。

式内社(名神大社)。旧国幣中社。現在は神社本庁の別表神社。

ご祭神は次の5柱。主祭神の3柱は宗像大社祭神の宗像三女神と同じで、田島神社では「田島三神」と総称される。

主祭神 田心姫尊 市杵島姫尊 湍津姫尊

配祀神 大山祇神 稚武王尊(仲哀天皇の弟)

160414_1028

創建は不詳。鎮座地の加部島はかつては「姫島」・「姫神島」と呼ばれていた。

『松浦古事記』では、天平3年(731)に相殿に稚武王を配祀し、天平10年(738)に聖武天皇より大伴古麻呂に詔命があり「田島大名神」の神号が贈られたとする。

160414_1032

『新抄格勅符抄』大同元年(806)牒によると、当時の「田島神(田嶋神)」には神戸として16戸が肥前国から充てられていた。

国史では、天安3年(859)に「田島神(田嶋神)」の神階が従四位下に昇叙された旨が見える。その後も貞観2年(860)に従四位上、貞観15年(873)に正四位下、貞観18年(876)に正四位下、元慶8年(884)に正四位上への昇叙のことがあった。

延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳では肥前国松浦郡に「田島坐神社(田嶋坐神社) 名神大」と記載され、名神大社に列している。

江戸時代には唐津藩の祈願所となった。 明治維新後、明治4年に近代社格制度において国幣中社に列した。戦後は神社本庁の別表神社に列している。

160414_1038

神階は、

天安3年(859)1月27日、従五位下から従四位下

貞観2年(860)2月8日、従四位下から従四位上

貞観15年(873)9月16日、従四位上から正四位下

貞観18年(876)6月8日、従四位上ママから正四位下ママ

元慶8年(884)12月16日、正四位下から正四位上

すべて『日本三代実録』、表記はすべて「田島神(田嶋神)」。

160414_1040

境内社として、佐用姫伝説の松浦佐用姫を祀る佐與姫神社(佐用姫神社)が鎮座し、佐用姫が変じたとされる石(望夫石)が祀られている。

※以上、文章はWikipediaより抜粋・編集

160414_1041

御崎神社(みさきじんじゃ)。

案内板の説明書きは以下のとおり。

御祭神

 級長津彦神(しなつひこのかみ)

 級長津姫神(しなつひめのかみ)

 猿田彦神(さるだひこのかみ)

文禄の昔、小鷹丸の船首に、瑞真榊を立て三種の神器を奉り、大陸に七度の往復をしたが無事帰国した。

その後、神恩感謝の為、姫島の神々と船霊の御守護と共に海上安全の守護神としてお祀りすることになった。

160414_1043

太閤祈念石

本殿左側を抜けて裏の山に登っていくと大きな丸い岩がいくつか転がっており、そのひとつに注連縄がかけられていた。案内板の説明書きは以下のとおり。

一名願かけ石、太閤石、祈念石とも呼ばれている。本殿後の森林中に在る大岩石である。豊臣秀吉文禄の昔、当神社神主等七日間の断食潔斎沐浴して祈念を修し、「速に大願成就せばこの巨巌二つに割るべし」と祈りて、満願に達した時、秀吉自ら神前に熱祷をこめ槍の石突を以て巨巌を突くと、一山鳴動して真二つに割れたと伝えられている。

|

« 伊須流岐比古神社 | トップページ | 唐津神社 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/37949/63486334

この記事へのトラックバック一覧です: 田島神社:

« 伊須流岐比古神社 | トップページ | 唐津神社 »