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2016年4月 5日 (火)

武水別神社

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※Wikipediaより抜粋・編集

たけみずわけじんじゃ。長野県千曲市八幡にある。

式内社(名神大社)。旧県社。現在は神社本庁の別表神社。

旧称は「八幡宮」。現在も「八幡(やわた)さま」「八幡神社(やわたじんじゃ)」の通称がある。

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ご祭神は、主祭神に武水別大神(たけみずわけのおおかみ)を祀る。社伝では、善光寺平の豊穣と千曲川の氾濫防止を祈って祀られたとする。

相殿神に、総じて八幡神にあたる、誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、比咩大神(ひめおおかみ)を祀る。

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創建は不詳である。社伝では、第8代孝元天皇の時代に鎮祭されたという。

国史での初見は貞観8年(866年)で、無位から一躍して従二位の神階奉授を受けている。

また延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では信濃国更級郡に「武水別神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。ただしこれらが当社に比定されるに至る根拠は確かではなく、他の論社として桶知大神社(長野県長野市大岡丙)が挙げられている。

武水別神社一帯は平安時代末期より石清水八幡宮の荘園となっており、安和年間(968年-970年)に石清水八幡宮から八幡神(相殿の3柱)が勧請されたと伝える。

八幡神は源氏の氏神としても知られ、武水別神社はこの地方随一の八幡宮として広く武門の崇敬を受けた。

また木曾義仲が祈願したと伝えられるほか、川中島の戦い時の上杉謙信の勧請文なども残されている。 慶安元年(1648年)には、江戸幕府から朱印地200石を与えられた。

明治に入り、それまで称していた「八幡宮」から「武水別神社」の社名に復した。また、近代社格制度では当初郷社に列したが、明治41年(1908年)に県社に昇格した。

なお、1939年に軍用馬育成のため施行された種馬統制法により日本在来種の木曽馬の種馬が廃用処分になった際、同神社の神馬として使役されていた「神明号」は処分を免れた。同馬は1950年に民間へ払い下げられ、木曽馬登録事業の1号馬として種雄馬になり、同種の血統復元に貢献した。

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本殿の背後に天紙地祇社があった。

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