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2016年4月16日 (土)

豊榮神社

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とよさかじんじゃ。山口県山口市にある。隣接地に野田神社、山口県神社庁がある。

旧別格官幣社。現在は神社本庁の別表神社。

江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。

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ご祭神は、戦国時代に中国地方に覇を唱え、のちの長州藩毛利家の礎を築いた毛利元就を「毛利元就公」として祀る。

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慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの敗戦により、同年安芸国から長門国に移封された毛利輝元が、萩江向村の春日神社境内に祖父元就の霊(元就公)を祀ったのが前身で、同12年には春日神社は萩城の三の丸に遷座された。

宝暦12年(1762)、長州藩主重就が萩城二の丸に鎮座していた土地神社を改造して春日神社から元就公を遷座し、毛利家の祖神とされる天穂日命と合祀して神性霊社と号したのが直接的な創祀である。

明和7年(1770)には元就公を仰徳大明神と称して改めて主祭神とし、神社名も仰徳社と称した。

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明治2年(1869)、元就には正親町天皇の即位を援助するなど朝廷を崇敬する事跡があったことから、明治天皇は弁事五辻安仲を宣命使として差遣して祭神(元就公)に「豊栄」の神号を与え、山口市の多賀神社境内に仮殿を構えて仰徳社を移祠し豊榮神社と改称した。

同4年、岩倉具視が勅使として差遣されて剣1口を奉納し、同年現在地に現社殿が造営されて遷座。

同6年に県社に列した後、同15年(1882)には別格官幣社に列格した。

※以上、文章はWikipediaより抜粋・編集

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