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2016年4月16日 (土)

琴崎八幡宮

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ことざきはちまんぐう。山口県宇部市にある。

旧県社。現在は神社本庁の別表神社。

宇部市の総鎮守として崇敬を受ける。

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ご祭神は、

主祭神に、八幡神(品陀和気命・気長足比女命・足仲津比古命)を祀り、

宗像三女神(多紀理比女命・多紀津比女命・市杵島比女命)を配祀する。

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創建は、社伝によれば、貞観元年(859)、僧の行教が御舟で宇佐八幡宮より御分霊を京都石清水八幡宮に御勧請の際、海上の時化のため、宇部郷琴芝の浦に寄航し、御分霊をこの地に留めたところ、里人が御神徳を景仰し琴芝村八王子に祠を建立したことが起源である。

霜降城城主厚東氏からも城南の鎮守として代々尊崇した。

しかし、社地が海岸であった為、祠は長い年月を経て波や風雨にさらされ、やがて廃壊した。

寿永三年(1184)厚東氏七代目の武光が長門国守護職に任ぜられると、その地を訪れ、新たに社殿を建立するよう命じ、社地は西の宮に遷され社殿を造営し、祭事を奉仕し代々崇敬した。

のち、大内弘世が長門国守護職となり、永和三年(1377)、僧の性禅と祀職の豊住がご神託を受けて西の宮から琴崎の地に奉遷された。これが現在の社地になる。

藩主・毛利氏の崇敬は篤く、永禄九年(1566)、社殿造営にあたり毛利元就は竺雲禅師を参拝させ寄進されました。

領主福原氏は代々崇敬篤く、社領を献じ、元禄十年(1697)には、福原広頼が社殿を改造し奉られた。福原越後公は、常に当社に参籠し国事の遂行を祈請されたと記録に残る。

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明治6年に郷社に列し、昭和10年10月には、伊勢神宮の御用材を使用し壮麗なる現社殿を新築、境内外も整備拡張されました。昭和13年県社に列した。

昭和41年7月に神社本庁の別表神社に昇格加列した。

※以上、文章は公式ホームページ、Wikipediaより抜粋・編集

境内末社は以下のとおり。 

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社殿の右側に琴崎稲荷神社がある。

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境内の参道の右側に宇部宮地嶽神社がある。

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同じく参道の右側に琴崎薬(やく)神社がある。

このほかに、いぼ神社がある。

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