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2016年4月21日 (木)

東郷神社

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とうごうじんじゃ。東京都渋谷区神宮前一丁目にある。

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ご祭神は、東郷平八郎命を祀る。

東郷平八郎は弘化4年(1847)12月22日薩摩藩士東郷吉左衛門の四男として鹿児島市加治屋町で誕生した。

幕末に19歳で薩摩藩の海軍に入り明治維新前後の海戦に従事し、明治4年(1871)24歳の時にイギリスに留学してウースター号等で7年間厳しい訓練に耐え、船乗りとしての知識と技術を修め、海軍魂を培って帰国し、日本海軍士官となった。

以来、戦略や国際法の勉強に励み、巡洋艦浪速の艦長としてハワイがアメリカ合衆国に併合された際(1893)や日清戦争中(1894-1895)の難しい国際問題等を処理し東郷の名は世界的に有名になった。

さらに、日露戦争(1904-1905)では、聯合艦隊司令長官として三笠艦上に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」とのZ旗を掲げ、露国のバルチック艦隊を日本海において撃滅して、世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を成し遂げた。

この大勝は、わが国を国難から救っただけではなく、当時ロシア等大国の植民地政策の圧力下にあった国々に、大きな喜びと希望を与えた。

大正の始めに元帥府に列せられ、大正3年(1914)から7年間東宮御学問所総裁として昭和天皇の御教育の大役を果たした。

明治、大正、昭和の三朝に至誠一貫奉仕、国家の重鎮、まごころの人として、英雄「大東郷」と尊敬されるようになった。

昭和9年(1934)5月30日午前7時、88歳で東京都麹町三番町で薨去した。

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創建の経緯は以下のとおりである。

東郷平八郎が昭和9に亡くなると、全国から海軍省に東郷を顕彰する神社の創建の要望と献金が相次いだ。

当時の海軍大臣大角岑生が財団法人東郷元帥記念会を設立し、寄せられた献金によって神社の創建が計画された。

鎮座地は、明治神宮に近い元鳥取藩主池田侯爵邸が選ばれた。

昭和12年(1937)9月に地鎮祭、昭和15年(1940)5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭が行なわれて、欅と檜素木、神明造檜皮葺の東郷神社が完成し、同時に府社に列格した。

昭和20年(1945)には別格官幣社への昇格がほぼ決まりかけていたが、東京大空襲によって社殿が焼失し、昇格は断念された。

戦後になって復興の機運が高まり、昭和33年(1958)に奉賛会が結成され、昭和39年(1964)に社殿が完成した。

境内に付属の東郷幼稚園がある。隣接する東郷記念館は当社ではなく、TBSの関連企業が経営している。

※以上、文章はWikipediaより抜粋・編集

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