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2016年4月30日 (土)

田無神社

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たなしじんじゃ。東京都西東京市田無町三丁目にある。

ご祭神は、大国主命、尉殿大権現(じょうどのだいごんげん:龍神)、須佐之男命、猿田彦命、八街比古命、八街比売命、日本武尊命、大鳥大神、応神天皇を祀る。

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田無神社の創建は、鎌倉時代後期の正応年間(1288-1293)と伝わる。

同社は田無北部の谷戸の宮山に鎮座し、尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)と呼ばれ、龍神を祭神としていた.

江戸時代初期、徳川家康が江戸幕府を開くにあたり、城や町の建造のために大量の石灰を必要とした。家康は、石灰を青梅の地に求め、青梅街道を開いたが、その際、肥沃な谷戸の住人が南の青梅街道沿いに移住し、宿場町・田無を造営した。

この動きの中で、元和8年(1622)、宮山に鎮座する尉殿大権現が上保谷に分祀され、正保3年(1646)、宮山から田無(現在地)に分祀され、寛文10年(1670)、宮山に残っていた尉殿大権現の本宮が田無に遷された。

明治5年(1872)、尉殿大権現は熊野神社、八幡神社を合祀、田無神社と社名を改めた。その際、主祭神・大国主命と須佐之男命、猿田彦命、八街比古命、八街比売命、日本武尊命、大鳥大神、応神天皇をも祀り、現在に至っている。

平成23年(2011)、東日本大震災により、参道の二之鳥居と西側の鳥居が倒壊、本殿の基壇のずれ、拝殿と覆殿の屋根の一部損壊、拝殿と幣殿の彫刻の破損などの被害を受けた。

平成25年(2013) 6月30日、東日本大震災により受けた被害が復興した。7月27日、正遷座祭が執り行われ、国旗掲揚台が奉納された。

※以上、文章は当社公式ホームページ、Wikipdiaより抜粋・編集

上述の谷戸から田無への移住の経緯については、当社の由緒書きに書かれていて興味深い。

江戸時代初頭、幕府直轄領であった田無の人々は、大久保長安の指示に従い、水の豊かな谷戸周辺から水に恵まれていない田無に移り住み、江戸城や江戸の町作りのための伝馬継ぎとして青梅街道に沿って宿場町を形成しました。移りすんだ直後は生活用水にさえ困り、人々は谷戸まで水をくみに行く生活を余儀なくされました。このような状況は元禄九年(1696年)に田無用水が玉川上水から分水されるまで続きました。

水田ができない土地だから田無という地名になったわけだ。

 

境内には、四方に龍神が祀ってあり、拝殿にも大きな龍の彫刻がある。

また、稲荷社、津島神社など摂末社も多い。

拝殿の右奥に土俵があり、5月には商工会議所主催でわんぱく相撲が開催されるようだ。

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この日は鯉のぼりがあった。4月から飾られているようだ。

全長15mの総檜づくりの竿だそうである。

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