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2016年4月22日 (金)

千葉神社

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ちばじんじゃ。千葉県千葉市中央区にある。

旧県社。

ご祭神は、主祭神に北辰妙見尊星王(天之御中主大神)、相殿に経津主命・日本武尊を祀る。

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分霊社・尊星殿(中央:福徳殿、左:日天楼、右:月天楼)

創建については、千葉氏の守護神である妙見菩薩を本尊とする寺院(千葉妙見宮)として建立され、千葉氏の祖平忠常の子覚算大僧正によって伽藍が整備されたと伝えられる。

以降、千葉宗家のみならず千葉氏一族の信仰が篤く、千葉氏宗家の元服は代々この寺で行われた。

また、千葉常胤の案内で同寺を参拝した事で知られる源頼朝からも手厚く保護されていた。

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千葉妙見宮には本来、妙見菩薩とともに養和元年(1181)に千葉常胤によって鶴岡八幡宮から勧請された八幡神が祀られていた。当初は八幡神が弓箭神とし、妙見菩薩は鎮守・産土神・農耕神的な役割を担っていた。

しかし、千葉氏の一族が多数連座した宝治合戦で一族が動揺した時期(13世紀中期)に、一族の団結を維持するために従来の八幡神に代えて、千葉氏を含めた房総平氏において独自の篤い信仰を受けていた妙見菩薩に弓箭神の要素を加えて、千葉氏が妙見菩薩を庇護された存在であることを強調する“妙見説話”が形成された。

その集大成が『源平闘諍録』であり、後世に千葉妙見宮(千葉神社)を描いた縁起絵巻にも反映された(現在も末社の1つに八幡神社があるのはその名残である)。

天正19年(1591)徳川家康が関東に入部し、この寺を参詣して寺領安堵ならびに太刀一振を寄進したとされ、同時に朱印地200石と十万石の格式が与えられた。

江戸時代には北斗山金剛授寺尊光院と称する真言宗の寺院であったが、明治初年の神仏分離によって神社となり、本尊も祭神に改められた。

ただし、妙見菩薩と天之御中主大神は長年神仏習合によって同一とみなされてきた経緯があり、同社は日本有数の「妙見信仰」の中心とされてきている。

※以上、文章はWikipediaより抜粋・編集

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摂社・千葉天神

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末社。奥から姥神社、星神社、石神社、稲荷神社、金刀比羅宮、西之宮。

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末社。右から、八幡神社、天神社、日枝神社、三峯神社、神明社。

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末社・御嶽社

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末社・厳島神社

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末社・美寿之宮

 

この3月、4月で熊本県の八代神社、福岡県の足立山妙見宮をお参りして、妙見信仰に関心が出てきて、いつかはお参りしたいと考えていたが、割合早く実現した。

JR千葉駅東口から800mくらいの距離で、徒歩12,3分。鉄道で行ってもお参りしやすい立地にある。

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