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2016年3月11日 (金)

諏訪神社(長崎市)

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ちんぜいたいしゃすわじんじゃ。長崎県長崎市にある。

現在の正式名称は諏訪神社。鎮西大社は通称。

旧国幣中社。現在は神社本庁の別表神社。

地元では「お諏訪さま」、「おすわさん」と呼ばれる。

長崎くんち(例祭:10月7日−9日)が有名。

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ご祭神は、

主祭神に、諏訪大神(建御名方神、八坂刀売神)。

相殿神に、森崎大神(伊邪那岐神、伊邪那美神)、住吉大神(住吉三神:表筒之男神、中筒之男神、底筒之男神)。

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弘治年間より長崎に祀られていた諏訪神社・森崎神社・住吉神社の三社が起源。

弘治元年(1555)に、長崎織部亮為英(第14代長崎甚左衛門純景の弟)が京都の諏訪神社の分霊を、現在の風頭山の麓に奉祀したのが始まりという説と、東松浦郡浜玉町の諏訪神社を勧請した説がある。

戦国時代には当地はキリスト教徒の支配地となり、当社を含めて領地内の社寺は全て破壊された。

江戸時代初めの寛永2年(1625)、長崎奉行の長谷川権六や長崎代官の末次平蔵の支援によって松浦一族で唐津の修験者であった初代宮司青木賢清(かたきよ)が、円山(現在の松の森天満宮の鎮座地)に三社を再興(諏訪・森崎・住吉の三神を合祀)し、長崎の産土神とした。

この青木賢清はキリシタンから「天狗(=悪魔)」と罵られていたと云われる。修験者だったので山伏の格好でもしていたからであろうか。

社殿の建設に当たってはキリシタン教徒の妨害がひどかったそうだが、人夫を大村から招くなどし、苦心の末、一宇(一棟)の小社を建立した。

正保4年(1641)に幕府より現在地に社地を寄進され、慶安4年(1651)に遷座した。

安政4年(1857)9月に火災により焼失したが、孝明天皇の勅諚により明治元年(1868)に再興した。

明治3年(1870)10月17日、官命により氏子名簿を作り長崎県に通達し、各氏子には氏子証札を授与。長崎(長崎港78町、長崎村13郷)の住民がみな諏訪神社の氏子となった。

明治4年(1872)7月、県社に列した。明治14年(1881)6月に準国弊社、明治28年(1895)7月に国幣小社に昇格。大正4年(1915)11月、国幣中社に昇格。

長崎くんちの奉納は、寛永11年(1634)に丸山町・寄合町の両町が踊りを奉納したことが始まりである。

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