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2016年2月27日 (土)

大国魂神社

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おおくにたまじんじゃ。東京都府中市にある。

武蔵國総社。旧官幣小社。現在は神社本庁の別表神社。 東京五社の一社。六所宮とも呼ばれる。

ご祭神は武蔵国の総社として、当社創建当時の武蔵国一之宮から六之宮まで(通称:武州六社明神)を祀っている。

中殿に、大國魂大神 (おおくにたまのおおかみ、主祭神で大国主命と同神とされる)、 御霊大神 (ごりょうおおかみ)。

さらに、国内諸神を祀る。

東殿

一之宮:小野大神 (小野神社、東京都多摩市)。

二之宮:小河大神(二宮神社、東京都あきる野市)

三之宮:氷川大神(氷川神社、埼玉県さいたま市大宮区)

西殿

四之宮:秩父大神(秩父神社、埼玉県秩父市番場町)

五之宮:金佐奈大神(金鑚神社、埼玉県児玉郡神川町)

六之宮:杉山大神(杉山神社、神奈川県横浜市緑区)

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社伝『府中六所社伝』に記された伝承によれば、景行天皇41年5月5日に大國魂大神がこの地に降臨し、それを郷民が祀った社が起源という。

その後、出雲臣の祖神である天穂日命の後裔が武蔵国造に任ぜられて、社の奉仕を行って以降、代々の国造が奉仕してその祭務を行ったと伝えられている。このときの社号は大國魂神社であった。

大化元年(645)の 大化の改新時、武蔵の国府が社有地内に置かれて社を国衙の斎場とし、国司が奉仕して国内の祭務を総轄する社となった。

国司が国内社の奉幣巡 拝・神事執行等の便により国内諸神を配祀し、武蔵総社の起源になった。このときに社号は武蔵総社となった。その後、武蔵国内の著名の神、六所(6社の神)を奉祀して、社号が武蔵総社六所宮と変わった。

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康平5年(1062)、前九年合戦平定の際に源頼義・義家父子が、欅の苗千本を寄進した(現在、国の天然記念物)。「馬場大門のケヤキ並木」の起源になった。

寿永元年(1182)、源頼朝が葛西三郎清重を使節として、政子の安産の祈願が行われた。文治2年(1186)源頼朝は武蔵守義信を奉行として社殿を造営した。

貞永元年2月(1232)、執権北条泰時の代で社殿の修造が行われた。 天正18年(1590)8月に徳川家康が江戸へ入城してからは、 武蔵国の総社として、社領500石が寄進されて社殿及びその他の造営が行われた。

正保3年(1646)10月、類焼により社殿が焼失が、寛文7年(1667)、徳川家綱の命により、久世大和守広之が社殿を造営し現在に至る。

明治元年(1868)、勅祭社に準ぜられた。明治4年(1872)、社号を大國魂神社に改称。

明治7年(1875)に県社、明治18年(1886)に官幣小社となった。

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2回目のお参りで、この日は初参りの家族連れの姿があった。

通常の参拝客も多く、人々の崇敬が厚い。

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