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2016年2月27日 (土)

大宮八幡宮(杉並区)

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おおみやはちまんぐう。東京都杉並区大宮にある。

武蔵国三大宮の1つで「多摩の大宮」とも呼ばれる(他の2つは大宮氷川神社、秩父神社である)。

境内は15,000坪で都内で3番目の広さを持つ。

東京のほぼ中央に位置するため「東京のへそ」という異名も持つ。

子育て・安産に特に御利益があるとされ、遠方からも多数の参拝客が訪れる。

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八幡宮なので、ご祭神は八幡三神。

品陀和気命(ほむだわけのみこと)- 応神天皇、八幡神

帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと) - 仲哀天皇

息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) - 神功皇后

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現在の社地一帯は大宮遺跡とされ、東京都内で初めて方形周溝墓が発掘された地としても知られており、そのため、当社の鎮座以前からこの一帯が聖なる地とされてきたと推測されてきた。

前九年の役のとき、この乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義は、奥州に向かう途中、武蔵国にて空に八条の白雲が棚引いているのを見たとされる。

これを源氏の白旗が翻ったかのように見た頼義は「これは八幡大神の御守護のしるしである」と喜びこれを吉兆とし、乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓って、武運を祈り出陣したという。

頼義は、乱を平定した後の康平6年(1063)に、八条の白雲を見た地に石清水八幡宮の分霊を祀り、神社を創建したとされる。同年、頼義は鎌倉でも石清水八幡宮の分霊を祀り、神社を鶴岡八幡宮を創建した

『先達交名』の貞治元年12月17日(1363年1月10日)の記録では、地元の阿佐ヶ谷氏は熊野権現の檀那であり、大宮八幡宮の住僧は先達だったと推定される。

天正19年(1591)に徳川家康から社領30石を寄進された。また、結城秀康の夫人である清涼院により、社殿が造営された。

江戸時代の敷地は境内を除いて60,000坪におよび、境内末社7社の他、2町離れた堀之内に別当寺の大宮寺があった。

明治維新後、35,000坪が押収された。

昭和56年(1981)、「大宮八幡神社」を「大宮八幡宮」に改称した。

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大宮天満宮。

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若宮八幡神社。

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大宮稲荷神社。

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北神門(赤門)

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御神水の「多摩乃大宮水」。

善福寺川に接し、かつては湧出していたとされるが、現在は自然には湧出していないため、ポンプで汲み上げているそうだ。

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