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2016年2月 6日 (土)

高津宮

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こうづぐう。大阪市中央区にある。

旧社格は府社。現在は神社本庁の別表神社。

ご祭神は難波高津宮に遷都した仁徳天皇を主祭神とし、祖父の仲哀天皇、祖母の神功皇后、父の応神天皇を左座に、后の葦姫皇后と長子の履中天皇を右座に祀る。

仁徳天皇といえば、この歌。

高き屋に のぼりて見れば 煙立つ 民のかまどは 賑わいにけり

人家の炊煙の乏しさを見て課税を止め、庶民を救済した御仁政で知られている。浪速への遷都はのちの大阪隆昌の基盤を築いた。

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貞観8年(866年)、勅命により難波高津宮の遺跡が探索され、その地に社殿を築いて仁徳天皇を祀ったのに始まる。天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城を築城する際、比売古曽神社の境内(現在地)に遷座し、比売古曽神社を当社の地主神として摂社とした。明治5年に府社に列格した。

昭和20年(1945)3月の大阪大空襲によって神輿庫を残して社殿が全て焼失し、昭和36年(1961)10月に再建された。

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高倉稲荷神社。

 

古典落語「高津の富」「高倉狐」「崇徳院」の舞台として知られている。古くから大坂町人の文化の中心として賑わってきた。

境内の参集殿は「高津の富亭」と名づけられており、落語の寄席や文楽などが行われている。高津の富亭での寄席には五代目桂文枝一門が関わっており、文枝最後の口演「高津の富」が演じられたのも「高津の富亭」で開かれた「くろもん寄席」であった。文枝が亡くなった翌年の平成18年(2006)3月、境内に桂文枝の石碑が建立された。

大阪府立高津高等学校(大阪市天王寺区)の構内には、明治32年(1899)に大阪府が仁徳天皇1500年大祭を高津宮と難波神社で行った際に記念建立した「高津宮址」が現存するそうだ。

授与所で由緒書きのリーフレットとともに分けていただいた「高津さんの今昔」という手書きガリ版風の書き物が面白かった。B4サイズの裏表に江戸時代の様子をはじめ、びっしりと書き込まれていた。由緒をいろいろな形で説明するのは大事だ。

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