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2015年10月25日 (日)

天日陰比咩神社

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あまひかげひめじんじゃ。石川県中能登町二宮にある。

式内社。能登國二宮。旧郷社。

ご祭神は、主祭紳に屋舩久久能智命(やふねくくのちのみこと)、相殿に大己貴命 應神天皇を祀る。

そのほかに、天日陰比咩大神、伊須流支比古大神、崇神天皇、印色入日子命、神八井耳命、建御名方神、大毘古命、波多八代宿彌命、 弥都波能売神、二宮水天宮、伊弉諾命、菊理媛命、天照大御神、菅原大神、宇迦御魂神。

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創建は、石川県神社庁サイトの説明によると、崇神天皇の御代に鎮座し、2000年以上の歴史がある(以下、抜粋)。

往古より菊の御紋を装飾した上日庄(あさひのしょう)、郷18ヵ村の総社氏神であった。

建長4年4月に能登の国二ノ宮に指定、文徳天皇より後円融天皇まで9度にわたり神位を受けた。

社殿後山に鎮座する大御前峰社は以前、天日陰比咩大神を祀り、羽咋郡市及び七尾鹿島郡市の雨乞所であった。

中腹の中御前社は崇神天皇の御廟跡及び印色之入日子命の御陵墓であったと伝えられている。

社殿右後ろ奥の山には船木社が鎮座しており、ご祭神として神八井耳命が祀られていたと伝えられている。

辛酉61年目毎に3日間にわたり、例大祭として羽咋・七尾鹿島両郡の諸難退散祈願祭を斎行しており、近郷より山車や獅子舞等の奉納があり、老若男女多数の参詣で賑わう。

往古は、この神社境内地に天日陰比咩神社と伊須流支比古神社の二社が鎮座したことから、集落名を二宮と云い、神社名も二宮神社・二宮大明神と呼ばれていたそうである。

つまり、二宮には能登國二宮とは違う意味があったわけである。

社殿向かって右の奥の山である石動山(いするぎさん)は、往古「枝摺樹山(えするぎざん)」と呼ばれていた。

老木大木折り重なり山鬼・天狗等の怪しき物をはじめ、蝮・狼・狐・狸等も住む山と恐れられていたが、泰澄大師が開山にあたり、それを鎮める為に養老年間、二宮の神社境内に鎮座する二社のうち、伊須流支比古神社より、現在の石動山上に分霊を勧請した。

現在は、総てのご祭神を天日陰比咩神社御本殿内にて祀っており、日々の御日供をはじめ、年間恒例祭典を執り行っている。

また、古くより酒造の祖神と云われる大三輪神が祀られ、どぶろく造りが伝承されてきた。戦前まで能登各地より多数の杜氏の参詣があり、杜氏たちは酒造りの御利益を頂くために境内の杉の枝を持ち帰ったとの記録が残っている。

参道の右側に興味深い造形のオブジェが立っていた。

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コメント

今日の夕方、新嘗祭に向けて仕込んだどぶろくの検査を受けているニュースがTVで流れていた。

投稿: さ | 2015年11月12日 (木) 19時41分

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