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2015年1月18日 (日)

鎌倉宮

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かまくらぐう。大塔宮(おおとうのみや)とも呼ばれる。

官幣中社。建武中興十五社。神社本庁の包括下には当初より入っておらず、単立神社である。
 
ご祭神は護良親王(もりながしんのう)。護良親王は後醍醐天皇の皇子で、父とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現した。しかし、その後、足利尊氏と対立し、足利方に捕えられ東光寺に幽閉された。
 
建武2年(1335)、中先代の乱の混乱のなか、尊氏の弟直義の命で、家来である淵辺義博(ふちべのよしひろ)によって殺された。東光寺は処刑場に隣接しており、のちに廃寺となった。
 
明治2年(1869)2月、明治天皇が護良親王を祀る神社の造営を命じ、6月14日に鎌倉宮の社号が下賜され、7月に東光寺跡の現在地に社殿が造営された。明治6年4月16日、明治天皇が鎌倉宮を行幸、6月9日に鎌倉宮は官幣中社に列格した。

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後醍醐天皇は建武の新政により、武家中心の社会を天皇中心の社会に戻そうとした(建武の中興)。明治維新もまた江戸幕府から実権を取り戻し明治政府を樹立したものであり、明治天皇は建武の中興を高く評価した。

建武中興十五社は、それに関った人々を祀る神社であり、明治天皇が造営を命じたり、関連の地域からの請願により造営されたりした。

ご祭神が天皇の場合は官幣大社(吉野神宮の一社のみ:後醍醐天皇)、親王の場合は官幣中社(四社)、臣下の場合は別格官幣社(十社)である。楠正成公を祀った湊川神社もそのひとつ。

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