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2015年1月25日 (日)

柴田神社

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しばたじんじゃ

ご祭紳は戦国時代の武将である柴田勝家公を主祭紳に、妻の市を配祀する。

境内には、市の三人の娘を祀る三姉妹神社がある。

勝家公は天正11年(1583)、賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れ、越前のこの北ノ庄城でお市の方とともに自害した。辞世の句は「夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」。

北の庄城落城ののち、その天守閣跡に石祠を建て勝家公の霊を祀り、当時の藩士が毎年4月24日に祭祀を行ってきた。

明治6年、「祠」は神社格に列せられ、氏子、崇敬者を有するようになった。これが柴田神社の創始である。

明治23年(1890)。旧福井藩主松平春嶽、旧藩士、住民らの発意により小祠のある場所に神社が作られ、柴田神社とした。

その後、大火や戦火、福井地震により社殿を焼失したが、そのたびに氏子によって再建された。

平成10年(1998)から老朽化した社殿および境内社・稲荷神社が建て替えが行われ、新たに境内社・三姉妹神社が作られた。

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JR福井駅に近い社地は北ノ庄城址公園として整備されており、神社施設のほか勝家公の像などがある。
 
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拝殿裏の本殿。背面が隣の土地のビルに近い。写真では見えないが、手前右が三姉妹神社。
 
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市の三人の娘、茶々・初・江の像。左端がお市の方の像。こういう像はにわか歴史愛好家やNHKの大河ドラマのファンの観光客向けなのだろうか。
 
JR福井駅近くの立地で社地が手狭なのに加え、城址公園の整備と一体化されていて、建てかえた拝殿の外観や像の印象もあって、神社としての風情が損なわれている。そこそこ歴史があるのにもったいない。木が少ないことも印象に影響しているのではないかと思う。

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