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2014年4月13日 (日)

津島神社

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つしまじんじゃ

国幣小社。全国天王総本社。

ご祭神は建速須佐之男命を主祭神とし、大穴牟遅命(大国主命)を相殿に祀っている。

東海地方を中心に全国に約3千社ある津島神社、天王社の総本社である。

中世・近世を通じて(つまり神仏習合の時代は)「津島牛頭天王社」(津島天王社)と称しており、牛頭天王を祭神としていた。その信仰は津島信仰と呼ばれている。

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橋と楼門。

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名前の津島は対馬のことのようだ。

社伝によれば、建速須佐之男命が朝鮮半島から日本に渡ったときに、荒魂(あらみたま)は出雲国に鎮まったが、和魂(にぎみたま)は孝霊天皇45年(前245)に一旦津島(現在の対馬)に鎮まった後、欽明天皇元年(540)旧暦6月1日、現在地の近くに移り、鎮まったと伝えられている。

弘仁9年(810)に現在地に遷座し、嵯峨天皇より正一位の神階と日本総社の称号を贈られた。

正暦年間(990~994)には一条天皇より「天王社」の号を贈られたと伝えられている。しかし、延喜式神名帳には記載されておらず、国史にも現れないという。史料上の初出は承安5年(1175)だそうだ。

武家とも繋がりが深い。織田氏は当社を氏神として崇敬し、社殿の造営などに尽力した。織田氏の家紋は当社の神紋と同じ木瓜紋である。

豊臣氏も社領を寄進し社殿を修造するなど、当社を厚く保護した。

江戸時代には尾張藩主より1293石の神領を認められ、後に幕府公認の朱印地となったという。

  

津島神社は時折近くに来ながら、なかなかお参りできないでいたので、今回お参りできてよかった。ご祈祷とお神楽の最中で、雅楽が流れてきた。

こちらでご朱印帳の片面が終了し、後半に入った。   

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