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2014年3月 2日 (日)

金崎宮

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かねがさきぐう

旧官幣中社。

ご祭神は、尊良親王(たかながしんのう)、恒良親王(つねながしんのう)。それぞれ、後醍醐天皇の一の宮と皇太子である。

創建は明治で、新しい神社である。

同23年に敦賀の人々の請願で、尊良親王を祭神に、官号を金崎宮として官幣中社に加列された。25年、恒良親王を合祀。26年に勅旨参同の上、鎮座祭、奉告祭が執行された。

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金ヶ崎城は歴史の舞台になったところである。

延元元年(1336)、足利尊氏が九州で再度挙兵し京都に攻めると、後醍醐天皇は比叡山に難を避けたが、尊氏の請で京都に還幸した。その一方で新田義貞に命じて、両親王を奉じて、北陸道の鎮撫、官軍再興のために下向させた。

金ヶ崎城は気比神宮の大宮司気比氏治の居城であり、両親王が拠られたところである。

尊氏は六万の兵で陸海から攻め、延元2年落城した。尊良親王は戦死、恒良親王は脱出するも捕らえられ、京都に幽閉されたあと毒殺された。

摂社の絹掛神社はこの戦で殉難した三百余人の将士が祀られている。

もうひとつの舞台は元亀元年(1570)に起こった織田信長の朝倉氏攻めである。金ヶ崎の戦いで山内一豊が活躍した話は『功名が辻』に出てくる。また、『利家とまつ』にも「金ヶ崎の退き口」の話が出てくる。両方ともNHKのドラマになったので、観光資源になっている。

末社の朝倉神社には朝倉氏六代と一子が祀られている。

 

気比神宮とも近いのだが、なかなか寄れず、今回初めてお参りした。

境内の桜はまだ蕾で、今年の開花はいつ頃になるかわからないそうだ。

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