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2014年1月 3日 (金)

生島足島神社

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いくしまたるしまじんじゃ。長野県上田市下之郷にある。

式内社(名神大社)。旧国幣中社。現在は神社本庁の別表神社。

現代では日本の中央部に位置するため、「国土の大神・日本の真中」を称している。

ご祭神は、生島大神 (いくしまのおおかみ)、足島大神 (たるしまのおおかみ)。

生島大神は万物を生み育て、生命力を与える神。足島大神は国中を満ち足らしめる神と伝わる。

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創建は不詳とされている。

社伝では、建御名方富命(摂社諏訪神社祭神)が諏訪へ向かっていた時、この地に留まり、生島・足島両神に米粥を煮て献じたという。

この伝承から、生島・足島両神は当地の地主神であると見られており、伝承自体は現在も特殊神事の「御籠祭(おこもりさい)」に名残を残している。

一方、『延喜式』神名帳には、宮中の神祇官西院で祀られる神23座のうちにも生島神・足島神の記載がある。このことから、科野国造の多氏(並びに同族の金刺氏・他田氏)が国魂として宮中から両神を勧請したという説もある。

金刺氏はのちに諏訪大社下社の大祝を務めており、摂社諏方神社の関連性が併せて指摘されている。

生島足島神社の南西方にある泥宮を旧鎮座地にあてる説もある。

文献における初見は、平安時代初期の大同元年(806)に神封戸1戸が「生島足島神」に寄進されたという記載(『新抄格勅符抄』)である。この記事から、その年以前より生島足島神社が鎮座していたものとされる。

延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳には信濃国小県郡に「生島足島神社二座 並名神大」と記載され、名神大社に列している。

生島足島神社は皇室や武将の崇敬が篤く、北条国時が社殿を営繕、真田昌幸・信之らの武将が神領を寄進し社殿を再建するなどの崇敬を表している。

また、武田信玄が上杉謙信との戦いに際し奉じた直筆の願文等が現在も「生島足島神社文書」(国の重要文化財)として残されている。同文書によると、中世以降は「下之郷大明神」「諏方法性大明神」「下之郷上下宮」等と呼称されていた。

その後、社名は寛政11年(1799)に京都吉田家によって「生島足島神社」と改称した。

明治23年(1890)に国幣中社に列した。

お祀りしているのが天照大神系の神話に出てくる神様ではないので、一度お参りしたいと思っていた。

上田にあり、上信越道を走ると通過するので機会はあったのに、なかなかお参りできずにいた。なので、今回の東京行きではいちばん最初に訪れた。

正月の三が日なので、神社は結構な人出で、駐車場に入れたのは幸運だった。

拝殿の前には写真のとおり参拝客の列ができていた。

拝殿の横で巫女が飴を配っていた。子ども向けだな。

氏子の方が一生懸命だるまを売っていた。氏子が一生懸命なお社はいいなあと思う。

たくさん売れるといいな。

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