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2013年9月22日 (日)

東京十社巡り

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とうきょうじっしゃ。

wikipediaの「東京十社」の項目にはつぎの神社が記載されている。

根津神社   (根津権現)  

芝大神宮   (芝神明宮、飯倉神明宮)  

神田神社   (神田明神)  

日枝神社   (山王権現)  

亀戸天神社  (東宰府、亀戸天満宮) 

白山神社 

品川神社   (北の天王、北品川稲荷社)  

荏原神社 (南の天王、品川貴船社)  

富岡八幡宮 (深川八幡)  

王子神社   (王子権現)  

赤坂氷川神社

 

慶応3(1867)年10月、大政奉還により江戸時代が終り、同年12月に明治天皇は江戸を東京と改め江戸城を皇居と定めた。

それに先立つ同年10月17日、明治天皇は氷川神社を勅祭社に定め、続く11月8日に准勅祭神社として東京近郊の12社を定めた。東京の鎮護と万民の平安を祈願するためである。

勅祭とは天皇の勅使が派遣される祭りで、12社はこれに准ずる神社となった。しかし、明治3年(1870)にこの制度は廃止され、翌年近代社格制度により、これらの神社は日枝神社が官幣大社、ほかは府社か郷社になった。

 

東京十社巡りは昭和50年に昭和天皇即位50年を奉祝して、元准勅祭神社である10社を巡拝する企画として始まった。

このとき、元准勅祭社であった12社のうち、六所宮(現大國魂神社:東京都府中市)と鷲宮神社(埼玉県久喜市)の2社は遠いので外されたようだ。

両方とも由緒ある立派な神社だけど、「東京十社」の名称では括りづらいということだったのだろう。埼玉の鷲宮はともかく、府中でも遠いのだな。まあ、その感じは理解できる。当時田舎だった新宿よりもっと奥だし、府中は江戸ではなく、武蔵國だからな。

また、「東京十社」の決定に当たり、准勅祭社制定当時の品川貴船社に当たる神社として現在の品川神社が選ばれたが、品川貴船社は現在の荏原神社であるという説もある。

ものごとの扱いって、こうやって固定化されていくところが興味深い。つまり、歴史上、准勅祭社という制度は3年も続かず、継続性はなかったし、東京十社巡りなどという行為は昭和50年までなかったのである。

しかしまあ、十社であろうとなかろうと、それぞれの神社は一度は准勅祭社として選ばれ、今までずっとその地を鎮護し続けてきたのだから、お参りする必要があるのである。というわけで、鷲宮神社にもいつかはお参りに行かねばなるまい。

 

東京十社巡り用のご朱印帳は右ページに由緒が記載され、左ページにご朱印を押すようになっている。

それぞれの神社では小さな絵馬を求めることができる。小さな絵馬の裏には両面テープが貼られており、飾り台の所定の位置に貼って飾ることができる。これはなかなかよくできている。

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ご朱印帳 1500円(一社分のご朱印初穂料込み)。

ご朱印 各300円。

小さな絵馬 各300円。

飾り台 1500円。

計 8700円(交通費、お賽銭は別)

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